メタバースが一気に民主化、自律的なアバターをいとも簡単に生み出す新技術

米カリフォルニアのTheai, Inc(以下、Inworld AI)は自律的に振る舞う仮想キャラクターを簡単に制作可能なプラットフォーム「Inworld AI」を提供する。仮想世界を加速する斬新なテクノロジーに出資したNTTドコモ・ベンチャーズ(以下、NDV)を交え、“世界を変える可能性”を紐解く。
デザイナーやライターでも簡単操作でキャラ設定
ゲームや3D映像、VTuberなど、おもにエンターテインメントの領域で進化を遂げてきた仮想キャラクター。昨今ではメタバースにおけるアバター(分身)にも注目が集まり、“仮想世界の住人”のニーズがますます高まっている。
米カリフォルニアに本拠を置くInworld AIは、仮想キャラクターに命を吹き込む同名の制作プラットフォームを開発・提供する。本プラットフォームを利用すれば、キャラクターに対して自律的に振る舞う機能をエンジニアに限らず誰でも簡単に実装可能だ。CEOを務めるのは、かつて米グーグルでチャットボットAIエンジンの「Dialogflow」の元となったAPI.aiを手がけたIlya Gelfenbeyn氏。それだけに技術力はかなり高い。完成した仮想キャラクターは人間とリアルタイムで“意味のある会話”ができ、所作にも不自然さが感じられない。
特筆すべきは、呼称や役割、経歴などを通常のテキストで設定できること。また、ツール内のパラメーターを操作するだけで性格や感情を与えられる。すなわち、特別なスキルを持つ専門家以外の脚本家やライター、デザイナーなどが簡単かつ想像力豊かに制作できるのだ。

ここまで制作手法が民主化されれば、仮想世界のアバター人口が一気に増え、メタバースの急速な発展も見えてくる。大きな可能性を感じたNDVは2022年8月、Inworld AIに出資した。これを機に、先端技術を数多く有するNTTドコモやNTTグループとの親和性を高め、未来に向けた協業を進める。
今回、日本ではまだほとんど紹介されていないInworld AIの貴重なインタビューをお届けしよう。答えてくれたのはChief Product OfficerのKylan Gibbs氏。ポケモンやファイナルファンタジーなど、「日本のアニメやゲームで育った」と話すナイスガイである。
高まるビジネスニーズに双方向の仮想キャラクターが効果を発揮
――サービス概要について教えてください。
Inworld AIはクリエイティブサービスの統合プラットフォームです。ゲームをはじめとするエンターテインメント、あるいはビジネスなどで活用する仮想キャラクターの制作ツールやAIエンジンを提供しています。
メタバースやゲーム開発で利用されるゲームエンジンのUnreal EngineやUnityなどと連携できるのも特徴です。キャラクターを制作して統合すると、ゲームエンジンやWebアプリケーションでキャラクターと人間の双方向コミュニケーションが体験できます。キャラクターに話しかけると、あらかじめクリエイターが定義した人格によってさまざまなジェスチャーをしながらバーチャル上で自然な振る舞いができるようになります。ここには機械学習のプロセスを採用しています。

例えばAAA(トリプルA、大規模ゲーム開発)でゲーム用キャラクターを作りたいとします。そうした際、Inworld AIを利用すればすぐに多様なキャラクター制作が可能です。感情、動機、話し方、記憶、行動などを自然言語のテキスト入力や各種パラメーターで設定できるからです。これにより基本的な人格が形成され、チューンアップすることでゲーム内のキャラクターが完成します。まずは骨格を形作り、ゲームの中で狙い通りの動きをするように仕上げていくイメージです。ノンプログラミングで操作できるため、ゲーム業界以外の一般企業のユーザーであっても難なく利用できます。
我々が生み出すキャラクターは、過去のゲームや映像で採用されてきたNPC(ノンプレイヤーキャラクター)とは異なるものです。従来のNPCはあらかじめプログラムされた行動しかできないため、コミュニケーションが一方通行でした。しかし、Inworld AIでは制限のない振る舞いや双方向のコミュニケーションが可能です。
例えばDisney Demo Dayでは、ルーカスフィルムの仮想空間向けスタジオである「ILMxLAB」の協力を得て作成した「ドロイドメーカー」のプロトタイプを披露しました。
――それはすごいですね。Inworld AIを使えば、仮想キャラクターに命を吹き込んで自由な会話ができるようになると。
おっしゃる通りです。SF映画で見てきたAIキャラクターが実現されたと思えばわかりやすいでしょう。我々がキャラクターに演じてほしいのは、ナラティブ(物語的)やイマーシブ(没入感のある)体験をもたらす部分です。
――ナラティブやイマーシブは、仮想世界で人間が交流するメタバースでも重要になってきます。成長市場のメタバースに対してInworld AIが与えるインパクトとは。
メタバースに関しては当社も重視しています。言うまでもなく、社会やビジネスにとってまったく新しい体験だからです。しかし初めての体験ゆえに、仮想世界に入ってもまだアバターがいません。Inworld AIならば最初にさまざまなキャラクターを設定して人口を増やし、閑散とした事態を回避できます。初めてメタバースに入っても、すでにほかの人たちが存在する実社会と同じ環境を構築できるのです。そうすれば、仮想空間にしばらくの間滞在するモチベーションにつながります。
メタバースではユーザーが過ごしながら新しい社会を作り上げていきますが、現状のNPCでは積極的なコミュニケーションを図るのが難しい。一方、Inworld AIで制作したキャラクターには人格と会話能力がありますので、新たな体験や価値を生み出しやすくなります。
――米国のメタバース市場はどんな感じでしょうか。
注目を集めていますが、ビジネスでのVRやARのソリューション導入率は比較的穏やかだと思います。やはり伸びているのはゲーム業界。『フォートナイト』や『エルデンリング』の成長を見てもそれは明らかです。ですからメタバースはビジネスではなく、まずはゲームコンテンツから発展するのではないでしょうか。ゲーム内のUGC(ユーザー生成コンテンツ)やイマーシブな体験から徐々に伸びていき、最終的にはより一般的なVRやARに統合されていくと捉えています。
――とはいえ、ビジネスのニーズも高まっているのではないですか。
もちろんです。最も重要なポイントは、実社会での人間の役割を仮想空間に置き換えることです。ナイキやグッチはすでにメタバース事業に参入済みで、自社製品の説明をキャラクターが担当する取り組みを始めています。
例えばブランディングマネージャーやセールスマネージャーがバーチャルインフルエンサーとなってユーザーと交流したり、仮想キャラクターをバーチャルショップの店舗スタッフとして効率化を図ったりなど、ビジネスに関しても数多くの可能性があります。より実現性が高い分野は、顧客エンゲージメントのサポートです。現在はチャットボットなどで実装されていますが、そこにイマーシブな体験が加わります。Inworld AIのサービスがきっかけとなり、メタバースのアプリケーションがどんどん増えてくることを願っています。
社外だけではなく、企業内アプリケーションにも応用可能です。社内のトレーニングやオリエンテーションでキャラクターが従業員に対して情報を提供したり、双方向で質問に答えたりすることができます。こうした取り組みは大企業でも力を入れているので、仮想キャラクターが果たす役割も多くなってくると予想しています。
NTTグループとの協業を足がかりに日本を開拓
――2022年8月にはNDVから出資を受け、日本進出も視野に入れています。NTTグループとの協業について期待する点は。
日本市場に乗り出すためのベストパートナーだと感じており、まずはパートナーとのマッチングに期待しています。その意味でもNTTグループの幅広いネットワークや知名度の高さは非常に重要なものだと考えています。

――日本はマンガやアニメ、ゲーム、VTuberなどコンテンツ産業が強い国です。御社にとっても重要市場でしょうか。
はい。私もポケモンやファイナルファンタジーなど、日本のアニメやゲームで育ったのでとても楽しみにしています。米国以外では日本と韓国は非常に重要。仮想世界が伸びていること、我々のようなサービスを展開する規模として適切な市場であることが魅力です。日本でのローカライズを踏まえ、複数の大手企業とはサービス導入に関して話し合いを開始しました。ローカライズを済ませた後にはパートナーを募集し、一緒になって日本市場に持ち込みたい。一刻も早くこの仮想キャラクターを活用してほしいですね。
――最後に、Inworld AIが描く未来とはどんな姿ですか。
将来的には、コンテンツの活用方法をもっとインタラクティブにしていきたいと思っています。これまで消費者はコンテンツの中で自分が役割を担うことはありませんでした。しかし今後はAIによる仮想キャラクターを通じて、ユーザー自身が仮想世界の中でインタラクションできる世界を築いていけるはずです。
デジタルに触れる時間が長くなった現代社会では、こうした進化は自然の成り行きです。ですから我々はできる限り「As-life」、つまり現実世界と同じようなインタラクションができるように、そして人間とAIとの関係が一層深まるようにしていきたい。そうした未来像を描いています。
NDV出資担当者・舞野貴之氏の視点
● Inworld AIの魅力
昨今ではChatGPTに代表されるOpenAIが注目を集めていますが、それらをカスタマイズしたり、サービスに組み込んだりするためにはプログラミングの知識や加工のスキルが必要です。しかしInworld AIは同様のことをノンプログラミングかつ専門知識不要で実現できます。このハードルの低さが仮想世界のキャラクター普及を後押しすると考えています。また、日本市場を考えるとマンガ、アニメ、ゲーム、ゆるキャラなど、たくさんのキャラクターやコンテンツがあります。Inworld AIのサービスは、キャラクタービジネスの観点でも活用の裾野が広いものです。このように使い勝手が良いという特徴と、日本市場との相性の良さに惹かれて出資しました。
● NTTグループとのシナジーについて
短期的にはNTTドコモのメタバースサービスとの融合を期待しています。日本語化した際には本サービスで実験的に利用したい。Inworld AIはゲームやメタバースに限らず、リテールやコマースのシーンでも利用できるため、ドコモショップがバーチャル空間で実現した暁には、ショップスタッフをAIキャラクターに置き換えるなど、ビジネスに直結した活用法も想定できます。中長期的には2025年の大阪・関西万博など、海外からのお客さまが関心を寄せるイベントも今後いろいろありますので、バーチャルアバターを活用できる機会において、お互いの強みを持ち寄って新たな価値を提案できないかと考えています。
