メタバースとサステナブル、社会実装が進むキーワードの本質とは

スタートアップの祭典「NTT DOCOMO VENTURES DAY 2022」では、「メタバース」「サステナブル」をテーマにトークセッションが開催された。それぞれのセッションにはスタートアップとNTTグループからキーパーソンが登壇。参加者の言葉から、次の時代に向けて着々と進む社会実装を浮き彫りにする。
メタバースでの社会活動が世界を変える
次代を占うキーワードとして急速に存在感を増してきたメタバースとサステナブル。2022年5月27日、東京・日本橋でリアル開催となったNTT DOCOMO VENTURES DAY 2022では、旬の2つのキーワードをテーマにトークセッションが行なわれた。
メタバースのセッションにはmonoAI technology株式会社 代表取締役の本城嘉太郎氏、NTTドコモ ビジネスクリエーション部 XR推進室長/工学博士の岩村幹生氏が参加。IoTNEWS代表/株式会社アールジーン 代表取締役の小泉耕二氏がモデレーターを務めた。

monoAI technologyは2013年1月に設立したスタートアップで、ゲーム開発、XRを中心に事業を展開している。XR事業の核となるのがバーチャル空間プラットフォームの「XR CLOUD」。標準で1000人、最大で10万人規模の同時多接続が可能なサービスとなっており、これまでに数々のメタバースイベントを運営してきた。
ピクシブが主催するメタバース同人誌即売会「NEOKET」はその一例だ。2年連続でXR CLOUDを提供し、バーチャル空間で1万人の同時参加を支援。イベントでは自分がアバターとなって入場し、作家と話したり、立ち読みしたりしながら作品を購入できるなど、リアルさながらの体験を付加した。

NTTドコモのXR推進室は2021年10月1日に発足。それまで各部署に分散していたXRビジネス施策や要素技術開発を一元化し、より組織的に進めることを目的にスタートした。2022年3月31日には、アバターがメタバースで自由に交流できる「XR World」を開設し、音楽コンテンツの提供を開始。今後、アニメ、ダンス、スポーツ、観光、教育など多彩なジャンルに拡充していく。
双方に共通するのは、専用のヘッドマウントディスプレイがなくてもメタバースを楽しめる点。こうした“手軽さ”が普及の加速要因となるのは間違いない。本城氏は「現状では皆さんが持っているスマートフォンでいかに楽しめるかがポイント。そのため、バーチャル空間にたくさんの人が集まる楽しさを感じてもらうことを主眼に置いています」と話す。岩村氏も「XR Worldはコンテンツをフックにたくさんの人が集い、いろんなコミュニティを醸成していくのが狙い」と語った。
メタバース観について問われると、2人とも「バーチャル空間でリアルと同じ社会生活を営めることが理想」と回答。岩村氏は「メタバースは物理的な制約に囚われないことが利点ですが、現実社会とあまりにかけ離れると認知的に戸惑ってしまいます。現実から仮想へ徐々に動線を引き継いでいきたい」と説明した。
現実社会からの移行を象徴するケースとして、メタバース上の土地を売買する動きも出てきた。小泉氏の「この現象についてどう思うか?」との問いに対し、本城氏は「リアルなら駅前の地価は下がりませんが、メタバースにはその概念がありません。問題は、地価をどのようにして維持するか。下落しないロジックを運営者がしっかりと考えるべきでしょう」と答えた。それを受け岩村氏は「メタバースコミュニティの発展には、その場に集う人たちの“自分たちの町を良くしたい”と思う気持ちが大切。町内会と同じで、適切な自治でコミュニティを運営し、価値を上げていけばいいのでは」とした上で、次のように続けた。

「メタバースで社会活動が定着すれば、経済活動が活性化し、現実社会同様に人間の欲求が満たされていくと考えています。バーチャル空間はある意味、人間の欲求を無限に吸収できるスポンジのようなもの。これをディストピアと思う人もいるかもしれませんが、限りある物質社会で無限の欲求を受け止めることが困難になってきているのも事実です。メタバースの浸透は、逆説的に“現実社会の本当の価値とは何か”を追求する機会になると思います」(岩村氏)
小泉氏は「仕事のメタバースがあったり、遊びのメタバースがあったり。それを実社会と同じく切り分けていくイメージかもしれません」と印象を語った。いずれにしろ、メタバースの発展はこれからが本番となる。本城氏は「我々自身がスタートアップなので、メタバースを普及させたい思いがあります。生まれたばかりの市場ですから、お互いに手を取り合って盛り上げていきましょう」と呼びかけた。岩村氏は「NTTドコモは必要なインフラや技術、デバイスなどを用意します。たくさんのプレイヤーに参加してもらい、どんどん自由にチャレンジしてほしい」と語り、メタバースのエコシステム形成に注力していく姿勢を示した。
藻類と魚類を品種改良して海洋中のCO2を固定化
サステナブルのセッションにはリージョナルフィッシュ 代表取締役社長の梅川忠典氏、日本電信電話(NTT)研究企画部門 食農プロデュース担当 部長の久住嘉和氏が参加。SDGインパクトジャパン Co-CEOの小木曽麻里氏が進行を担当した。

リージョナルフィッシュは2019年に創業した京都大学発のスタートアップ。ゲノム編集による魚類の品種改良、そしてテクノロジーを駆使したスマート陸上養殖を手がけ、水産業に革命を起こそうとしている。同社がゲノム編集を施して開発した「22世紀鯛」は可食部が約1.2倍にもかかわらず、飼料効率を14%改善。「日本の養殖産業を高付加価値化し、水産業をサステナブルな成長産業に変えていきたい」との梅川氏の思いを具現化したブランド鯛である。
同社では、事業を通じてカーボンニュートラルへの貢献を進めていく。現在、養殖のトレンドは陸上養殖に移ろうとしており、「より人間が環境を制御できるような分野に移行してきました。農業にたとえると、自然の露地栽培からハウス栽培や野菜工場に移行するのと似ています」と梅川氏は指摘する。

「ただし陸上養殖では電気やガスなどを使うため、CO2の問題が出てきます。我々はこれをゲノム編集による品種改良で新しい品種を生み出すことで改善します。代表例が、自社で開発した『22世紀鯛』です。この鯛は可食部が1.2倍で、飼料の量が2割減になっているのが特徴です。単位当たりの水槽から出てくるCO2の量は一定ですから、生産効率を高めることができれば、キロベースで見るとCO2の排出量を抑えることができます。あとはスマート化で自動制御していけば無駄なエネルギーコストが抑えられるので、よりサステナブルな装置ができます」(梅川氏)
一方、NTTに“食と農”のイメージは湧かないかもしれない。だが、2014年から食農分野に関する新規事業を開始し、NTTグループ企業の30社と象徴的なパートナーが連携して取り組みを進めている。生産、流通、販売、消費、食までフードバリューチェーン全体の課題解決を図り、食農分野で新たな価値創出を目指す。
食農分野の取り組みでは、環境に優しい遺伝子編集技術にも着目。その流れでリージョナルフィッシュと出会い、2020年10月にNTT、NTT東日本、NTTドコモらと連携協定を結んだ。

「リージョナルフィッシュとNTTはゲノム編集の技術を環境問題の解決に応用する研究を進めています。実は海洋からのCO2排出量は地球全体の33.7%を占め、人間活動の排出量の約7倍となっています。そこで藻類、そして魚にゲノム編集を施して、CO2をより固定化する新品種を作ろうとしています。これにより食物連鎖の中でCO2削減を実現したいと考えています」(久住氏)
小木曽氏は「食の分野はすべてがつながっているので、1つを解決したら終わりではない難しさがあります。難しい反面、ビジネスチャンスも大きいと感じますが、この分野でスタートアップが生き残るには何が必要でしょうか」と質問。これを受け、梅川氏は「美味しくて低価格、なおかつサステナブルを満たしているという3つの要素だと思います。それを支えるのは高い技術力、豊富な資金力、そして優秀な人材です」と回答し、そのために大企業との連携は不可欠だと述べた。

「リージョナルフィッシュは資金調達と助成金で11億円を集めましたが、海外だとこの分野では創業3年目のスタートアップでさえ200億円ほどを調達します。そのため、NTTグループとの連携協定は我々にとって非常に重要なものになります。大企業の知見をお借りして、コストを抑えながら開発を進めることができるからです」(梅川氏)
では、大企業にとってのイノベーション促進には何が必要か。久住氏は「先見の明を持ってしっかり協力していくことです。今後、世界の人口が増え続けていく中で、食の問題は根本的な解決策が見つかっていません。その問題をテクノロジーで解決するには1社では無理。リージョナルフィッシュとの共創のように、それぞれが得意な分野を持ち寄って集合知で解決することがますます求められると思います」との考えを示した。
サステナブルが前提の時代の中で、豊かな食の提供を実現していくにはさまざまな課題がある。小木曽氏が「これから50年後に食の生産と消費はどのように変わり、どんな未来の景色が広がっていると思いますか」と投げかけると、それぞれ次のように答えた。
「50年後にはおそらく、スマート養殖工場があると考えます。工場で人間が環境を制御しながら魚を養殖するイメージです。陸上養殖では温度やpHもコントロールできますから、地球環境に負荷の低い環境制御が可能になります。この点は、海上養殖と根本的に異なる特徴です。
魚が出した排出物を植物が吸収して、また水に戻していく循環システムのアクアポニックスもかなり普及しているはずです。スマート養殖工場の隣に野菜工場があり、まるで小さな地球のように有機物を循環させながら魚と野菜が生産できる環境が実現したらいいですね。工場になればジャストインタイムで、需要に従って供給できる可能性が出てきます。そこまで実用化されれば魚や野菜の供給調整が可能となり、フードロスを劇的に減少することができます」(梅川氏)
「新型コロナで、必ずしも都市部に住まなくてもいいとの風潮が加速しました。その結果、50年後には未来のテクノロジーをベースにした地域循環経済圏ができるのではないかと期待しています。例えばCO2を削減した人がクレジット化によってdポイントと交換できれば、地球環境に貢献した人が副収入を得られるビジネスモデルが完成します。個人的には、そうした新しい社会が形成されていくと考えています」(久住氏)

笹原氏はトークセッションを総括して次のように語った。
「専門家が道筋を示すものではなく、“こういう考え方や視点があるのか”と気づきを得られることを狙いとしました。例えばスタートアップの目線にスペキュラティブデザインの思考が加わればさらにワクワクする未来が待ち構えているはずです。メタバースはまさに今ダイナミックに動いているムーブメントでこれからが楽しみですし、サステナブルは今後の企業経営には欠かせないアプローチになります。テーマを広くすることで、さまざまな未来の方向性を示すことができたと感じています」(笹原氏)
かつてはテクノロジーの進化に沿って未来を予測することが当たり前だったが、予期せぬパンデミックから始まった2020年代は“より良い社会生活のためにテクノロジーをどのように生かしていくか”が鍵を握る。不確実性の高い時代において、一人ひとりが未来を考えるヒントが数多く詰まっていた今回のセッションは、非常に意義のあるものだったと言えるだろう。