SDGs時代の立役者、社会課題解決型スタートアップが未来を開拓

グローバルなSDGs課題解決を目指す共創プログラム「SDGs CHALLENGE」を展開する兵庫県・神戸市。2023年3月、NTTドコモ・ベンチャーズと共催したピッチイベントから、次世代を担うプレイヤーたちの挑戦を探る。
スタートアップと組んでSDGsを加速する神戸市
社会課題の解決に挑むスタートアップが存在感を増している。神戸市は2021年から、グローバルなSDGs課題解決を目指す共創プログラム「SDGs CHALLENGE」を開始。アクセラレーションプログラム、メンタリング、ネットワーキングの提供を通じてテーマに沿ったスタートアップの事業開発や海外進出を後押ししてきた。
2022年3月6日にはNTTドコモ・ベンチャーズ(以下、NDV)と共同で、スタートアップが参加したピッチイベントとトークセッションを開催。神戸市やNDVの担当者らを交え、「サステナブルな社会」の実現に向けた取り組みを紹介した。
なぜ神戸市がSDGsに注力するのか。その理由について、神戸市医療・新産業本部 イノベーション専門官の高見直矢氏は「ビジネスモデルが短命化する中で、域内の市場や産業を維持していくためにもサステナビリティを意識することが重要だと考えたからだ」と語る。
神戸市では資金調達環境の整備、支援機能の強化、ビジネスマッチングの推進を通じてスタートアップを積極的に支援している。背景には「スタートアップと神戸市がタッグを組むことで、いままでの行政ができなかったことを圧倒的なスピードで展開していきたい」(高見氏)との思いがある。

具体的には総額20億円の「こうべSDGs市民債」を発行し、SDGsに資する事業に積極的に投資。水素エネルギーの利用促進やゼロカーボンチャレンジの補助制度も充実させた。また、域内の機関や企業とコンソーシアムを組成し、数多くのイベントを開催するなどしてスタートアップとのマッチングを図る。
神戸市は意欲的な外部人材登用でも知られるが、高見氏もビズリーチ出身。「民間出身者をイノベーション専門官として登用し、ビジネスに精通した人材がスタートアップの立ち上がりと成長にしっかりとコミットすることが特徴」と話す。専用サイトの「Life-Tech KOBE」を設け、市が主導してスタートアップ向けの情報発信を行なう点にも手厚いサポートとフットワークの軽さが見て取れる。
NDVの雨宮大地氏はサステナビリティ関連の出資先としてリージョナルフィッシュ、booost technologiesを紹介した。前者はスマート陸上養殖、後者はCO2排出量可視化のソリューションを提供。地球環境保全や環境課題の解決に向け、両社ともにNTTグループとの協業が進んでいる。雨宮氏は「これからも社会的インパクトの創出を目指すスタートアップの方々と一緒にコラボレーションを深めていく」と述べた。

行動変容、政治・行政、地域交通――生活に直結した困りごとをテクノロジーで解決
ピッチにはGodot、PoliPoli、電脳交通の3社が登壇した。先陣を切ったGodotは、一人ひとりに合わせて健康行動を促す個別化エンジン「ナッジAI」を開発する。
ナッジとは「自分自身がより良い行動を自発的に選択する」という行動科学の概念で、行動変容を促す手法として注目を浴びている。Godot代表取締役の森山健氏は「4000人の大阪市民を対象にこの技術を適用したところ、それまで8割ががん検診に行ったことがなかったにもかかわらず、ショートメッセージを送信した対象者は54%まで受診率を引き上げることに成功した」と成果を披露した。

「ナッジAIは93種類あると言われる行動変容手法の中から、ケース別に効果的な手法をAIが推測して行動変容を促す仕組みだ。『あなたの地域に住んでいる同年代の人はみんな受診している』といった社会規範を示す場合もあれば、『これはあなたにしかできない』と自己肯定感を後押しするメッセージを送る場合もある。誰もがより良い意思決定をするための手段として活用してもらいたい」(森山氏)
PoliPoliはインターネットを活用し、政治・行政と国民を直接つなげるプラットフォームを展開。プロダクトには与野党国会議員向けの政策共創プラットフォーム「PoliPoli」、行政向け政策共創プラットフォーム「PoliPoli Gov(β版)」、企業向けルールメイキングサポートサービス「PoliPoli Enterprise」、政治情報メディア「政治ドットコム」がある。

PoliPoli代表取締役の伊藤和真氏は「政治・行政は遠いものではなく、一人ひとりの暮らしに密接に関わっている。だが子育て政策に疑問を感じていても、どこに声を届ければいいのかがわからない。そこで誰もが手軽に政策にアクセスできる手段を整備した」と事業コンセプトを説明する。
例えば「生理の貧困」問題はPoliPoliに投稿されたユーザーの声がきっかけになったもので、「一人のネットユーザーの声が社会を動かした好例」と伊藤氏は自信を深める。NTTコミュニケーションズとともに参画した宮城県の「みやぎDXプロジェクト」では、PoliPoli Gov(β版)を活用して住民の声を円滑に行政に届ける意見募集を行なった。こうした活動はNPOのような非営利団体が得意としてきたが、スタートアップを選択したのは「大きな社会的インパクトを生み出すことにこだわりを持っている」からだという。
電脳交通は徳島市に拠点を置く地方発のスタートアップ。タクシー事業者向けクラウド型配車システム、配車委託、地域交通の課題解決手段を提供する。配車管理システムのIT化及び配車業務の代行により、タクシー業界のDX及び深刻な人手不足をカバーするのが狙いだ。
タクシードライバーの平均年齢は60.7歳と言われており、高齢化とともに常にドライバー不足が叫ばれている。地方では集客もままならない状況が続くが、さらにコロナ禍が追い打ちをかけた。「ただでさえ少ないドライバーが離職し、いまも戻っていない。解決策として複数の乗客を同時に輸送できるデマンド交通の導入や配車効率を向上することが鍵を握る」と堀口氏は話す。

電脳交通では各社が独自で運用していた配車システムをクラウドで一元化し、管理コストを削減。いまでは45都道府県までサービス提供が拡大するなど新世代のソリューションとして確実に輪が広がっている。
こうした状況の中、地域交通に関する需要や問い合わせも増えている。新潟県加茂市ではNTTドコモらと組んでデマンド型乗合タクシーの運行を支援。バスのように複数人が乗り合うタクシーで、市内や近隣の一部エリアであれば自宅から目的地まで直接行くことができる。「路線維持にかかるコストを最適化しながら住民の利便性を高めることができた。月間数十万単位での運行収益機会の提供含め、地域タクシー事業者の持続可能性にも寄与したと自負している」(堀口氏)。こうしたデマンド交通は全国で20件以上の提供実績があり、今後もさらにニーズは増えると予想される。
壁だらけの社会実装を地道に乗り越えて市場を開拓
イベント後半のトークセッションにはスタートアップ3社に加え、SDGs CHALLENGE事務局 統括ディレクターの山下哲也氏、NDV CEOの笹原優子氏が参加。山下氏が司会を務める形で進行した。
NDVでは2022年4月にドコモ・イノベーションファンド3号投資事業有限責任組合を設立し、従来の領域に加えてサステナビリティに注力する方針を定めた。笹原氏は「私たちは『力と想いを束ね、世界の景色を変える。』とのミッションを掲げている。出資に限らず、社会を変え、インパクトを残すまでご一緒したい」と、スタートアップに寄り添うスタンスを明確にした。

「社会実装の上で感じた壁は何か」との質問に対しては、3社ともに「壁の高さを痛感した」と心情を吐露。伊藤氏は「最初の3年間は、バンドで言えばストリートミュージシャンのようなもの。政治家はタクシー業界と同様に平均年齢が高く、対象となる人たちにインターネットや新しいテクノロジーへの理解を示してもらえないこともある。地道にコミュニケーションを取りながら、少しずつ事例を積み重ねて信頼を得てきた」と振り返った。
森山氏は「ナッジは言語化が難しいため、まずは本当に進出したい市場探しに苦労した。最近では生命保険会社が興味を示すようになり、売り切りモデルではなく、末永く顧客と向き合うために健康増進プログラムを提供することが増えてきている。ようやく市場と出会えたかもしれない」と手応えを見せる。
「毎月支払うクラウド型に抵抗感を持たれる事業者も多く、これまでの常識を覆すことが大変だった」と話すのは堀口氏。いまではサブスクリプションモデルへの理解が進み、その結果が45都道府県への拡大に結びついたとする。
将来の展望に関しては、「ビジネスモデルを実現するために良い仲間を集めてアクセルを思い切り踏みたい」(森山氏)、「国民の声がすべて吸い上げられて政策の優先順位が決まり、政策が実行されることが目標。その先に民間企業が政府と連携しながら政策を進めていくのが理想だ」(伊藤氏)、「ノートPCとインターネットがあれば配車が可能になった。事業を継続し、地域の足を守ることに貢献していく」(堀口氏)と三者三様のビジョンを語った。
イベントを振り返り、山下氏、笹原氏は次のようにコメントを寄せた。

「社会課題に挑戦する起業家は確実に増えている。SDGsで掲げられている17のテーマは一見あまりにも当たり前すぎる内容であるため、多くの人が無意識のうちに見過ごしている。しかし今日登壇したスタートアップは見過ごされがちな課題に着目し、一歩先に進んで挑戦し、社会の羅針盤となって未来の当たり前を示している。
社会課題解決も経済事業の一つであり、持続的な活動のためには当然資金が必要になる。日本では社会課題解決は公的機関がやるもの・無償でやるべきものと誤解されているケースが多く、事業でお金を儲けることを半ば悪しきものとして考えがちだが、お金は経済を循環させ社会活動を持続させるための燃料。社会課題解決を進めるためには、まずは私たち一人一人が旧いマインドセットを変えてゆかなくてはならない。これからの時代、あらゆる事業は社会への貢献につながることが前提となる。見過ごされた課題について注目し、社会的に意義のある事業に投資し応援する意識が高まれば、必ず流れが変わると信じている」(山下氏)

「Godot、PoliPoli、電脳交通は“これからの社会がどうあるべきか”を自分たちの中で消化していると感じた。社会を変えていくことに対して確固たる志があり、自らの方法できちんとコミットする姿勢は素晴らしい。CVCの立場としては事業会社とのシナジーやビジネス面での評価ももちろん重要だが、スタートアップとともに新しい社会を作ることにもワクワクしている。“手触り感”のある共創を大事にしていきたい」(笹原氏)
社会が大きくサステナブルへ舵を切った2020年代。市場はカーボンニュートラルをはじめとする企業の姿勢を注視し、社会貢献の度合いがブランド力や株価に直結する時代へと変貌を遂げつつある。これまで理想論で片付けられることの多かったSDGs、ESG、オープンイノベーションといった概念は、ビジネスに組み込まれる不可欠の要素となった。今回参加したスタートアップは、その道を走る先頭ランナーでもある。日本に新たなスタートアップ文化を普及させる意味でも、今後の活躍に期待したい。