超高速クラウド処理を実現するnow.gg、XRとの相性の良さが協業の決め手に

モバイルゲームの次世代クラウド配信プラットフォームを提供するnow.gg。NTTドコモグループとの親和性の高さを踏まえ、NTTドコモ・ベンチャーズ(以下、NDV)は2023年2月に出資を行なった。関係者の言葉から、すでに始まった取り組みの内容や出資の経緯、将来の展望を深掘りする。
端末性能に依存せずスムーズにモバイルゲームをプレイ
スマートフォン(スマホ)の普及により、デジタルコンテンツを手のひらで楽しむことが一般化した。ただし、音楽、動画、電子書籍の主流はサブスク型ストリーミングモデルであるのに対し、モバイルゲームは未だにアプリをダウンロードしてプレイするのが普通である。日本では「アプリを入れてゲームをするのは当たり前」の感覚だが、世界を見渡すとそうではない。IT調査会社のIDCは2020年の時点で、全世界スマホユーザーの約6割が端末のスペック不足によってモバイルゲームをプレイできないと報告している。つまり、相当数のスマホユーザーが“当たり前”にモバイルゲームを享受できない環境にある。
その一方で、モバイルゲームは毎月数多くのタイトルがリリースされ、群雄割拠の状態が続く。『ファミ通モバイルゲーム白書2023』では、2022年における世界のモバイルゲーム市場を8兆9146億円と推計し、今後も成長すると予測している。これだけの激しい競争を勝ち抜くのは至難の業だ。新しいタイトルを発表したとしても、まずはユーザーに届けるまでに莫大なマーケティングコストがかかる。
これらの課題を解決するのが、米国シリコンバレーのnow.gg, Inc.(以下、now.gg)によるソリューションだ。now.ggでは独自のクラウド技術を用いて、モバイルゲームをブラウザ上でプレイできる次世代配信プラットフォームを提供。これにより、端末性能に依存せず誰もが高品質なモバイルゲームを楽しめる。さらにYouTubeのようにURLを共有することで、SNSを中心とした拡散が可能。広告型のデジタルマーケティングとは一線を画したユーザーアプローチができる。
2023年2月、NDVはnow.ggに出資を行ない、NTTドコモグループでXRビジネスを手がけるNTTコノキューとの実証実験を橋渡しした。果たして、now.ggがもたらすインパクトとはどんなものなのか。「NTT DOCOMO VENTURES DAY 2023」で来日したnow.gg のCEOを交え、NTTコノキュー、NDVの関係者が集まったインタビューをお届けしよう。出席者は以下の通り。
・now.gg CEO Rosen Sharma(ローゼン・シャルマ)氏・NTTコノキュー テクノロジー部門 テクノロジーグループ 担当課長 宮坂俊成氏・NTTドコモ・ベンチャーズ シリコンバレー支局 門田隆史氏

URLを共有して新規ユーザーを効率的に獲得
――まずはnow.ggのサービスについて教えていただけますか。
シャルマ氏
分散型アーキテクチャのクラウド技術によって、どんな端末でもブラウザ上でモバイルゲームが楽しめるクラウドゲーミングプラットフォーム「nowCloud」を提供しています。クラウド側で複雑な処理を超高速で実行するため、ユーザーは端末の性能に左右されずにモバイルゲームに没頭できます。
強みは突発的なアクセス増にも柔軟かつ安定的に対応できること、そしてクラウドにかかるサーバーコストを従来と比べて50分の1に圧縮できることです。機械学習を用いたユーザーのアクセス需要予測は精度が98%と非常に高い。このアルゴリズムによって将来のユーザーのスパイク(急激な変動)を含めた予測ができるため、クラウドのスケーラビリティを最適化できるのです。我々が培ってきたさまざまな経験値をベースに、クラウドベンダーやチップメーカーと協力して開発したシステムや仮想化技術が基盤となっています。
クラウドゲーミングでは膨大なサーバーコストが発生するため、ユーザーに負担を強いるサブスクモデルが王道とされています。しかしユーザーニーズとのマッチングが難しく、「Google Stadia」の失敗にも明らかなように巨大プラットフォーマーでさえ苦戦しています。

now.ggのイノベーションはPCやコンソールではなく、よりカジュアルなモバイルゲームにフォーカスした点にあります。nowCloudは容易な手順で モバイルゲームをクラウド化し、クレジットカードに加えてデジタルウォレットでアプリ内課金を実装できます。AppleやGoogleのストアでは売上に対して30%もの手数料が差し引かれますが、我々の場合はプレイ時間に応じたサーバーコストと5%の手数料で済みます。新たなスキームと劇的なサーバーコスト圧縮の両輪によって、サブスクモデルではないクラウドゲーミングの無料提供が可能になるのです。
――従来のアプリストアとは異なるチャネルが増えたということですね。次世代クラウド配信プラットフォームと呼ばれる理由が理解できました。
シャルマ氏
モバイルゲームのパブリッシャーはクラウドゲーミングの価値を重視していますが、これまではスケールする技術がないためにクラウド化を躊躇していました。一方で、nowCloudの米国における月間総プレイ時間は10億分と膨大です。この実績からも、クラウドゲーミングプラットフォームとしていかに大きな存在であることがおわかりいただけるはずです。
「どのように新規ユーザーにリーチするか」についても非常にインパクトがあります。アプリをダウンロードしてもらうためには多額のマーケティング予算が必要ですが、nowCloudならダウンロードの前にゲームを試してもえるからです。ゲーム自体がリンクに紐づいているので、YouTubeの動画と同じようにいろんなWebサイトにゲームを埋め込むことが可能です。例えば「崩壊:スターレイル」(「原神」のmiHoYoが提供)では、自分たちのWebサイトにゲームのURLを埋め込んでプロモーションするスタイルを確立しました。またはゲーム攻略記事にリンクを埋め込み、記事内で簡単にゲームが遊べるようになります。
このようにSNSやブログ、メディアによって拡散・共有するコミュニティエンゲージメントが実現できれば、新規のユーザー獲得はもちろんのこと、ゲームとしてのLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を高めることにもつながります。

――2021年からは日本にも進出しました。ゲームはもちろん、アニメ、漫画、VTuberなどデジタルコンテンツが強い市場ですが、どのような戦略を考えていますか。
シャルマ氏
日本に関してはユニークな機会がたくさんあると捉えています。とりわけゲーム分野においては特別です。日本のゲーム市場は世界で3番目に大きいですし、ほかの地域と比べても平均のARPU(一人当たりの平均売上金額)が3倍ほど高いからです。
またバンダイナムコのように、IP(知的所有権)ベースのタイトルが多いのが特徴です。しかもグローバルでの影響力も大きい。私には娘が4人いますが、皆が日本のアニメを楽しんでいますし、私自身も「鬼滅の刃」のファンです。ですからIPを軸にするビジネスは非常に相性が良いと思っています。現時点でクラウド化の準備を進めているゲームタイトルが何本かあり、早いものでは2024年の第1四半期ぐらいに正式リリースできる予定です。グローバルで受け入れられている日本のコンテンツが、クラウド化することでアクセスしやすくなることにワクワクしています。
XRビジネスの強力なパートナーになり得るソリューション
――NTTコノキューはnow.ggと実証実験を行ないましたが、その経緯は。
宮坂氏
NTTコノキューは2022年10月、NTTドコモでXR系事業を担当していた部署がスピンオフする形で設立されました。VR、AR、MRの3本柱でサービスやソリューションを提供しています。
今回の実証実験はNDVからの紹介がきっかけです。具体的にはブラウザベースでメタバースを提供している「XR World」向けに作成していたコンテンツで検証しました。3Dコンテンツ表現のクオリティを追求した結果、少し前に発売されたスマホでコンテンツが滑らかに動かないとの課題を抱えており、端末に負荷のかからないクラウド形式のコンテンツも試してみようと考えていたときにタイミングよく声をかけていただきました。クラウドレンダリングのコストが大幅に抑えられることも決め手になっています。

――NDVは2023年2月にnow.ggに出資しました。早い段階から注目していたのでしょうか。
門田氏
最初に着目したのは2022年の前半です。NTTドコモとしてXRビジネスが注力領域だったこともあり、事業を構築していく上で必要な技術を探っていました。当時はまだNTTコノキューではなくNTTドコモのXR推進室でしたが、米国の先進的な技術で最もマッチするのは何かを複数回にわたって真剣に議論しました。
そうした技術を探る中で出会ったのがnow.ggです。最終的には協業の優先権を獲得するために出資に至りました。now.ggはモバイルゲームのプラットフォームなので、一見XRからは遠いように思えます。しかしNTTコノキューが安価なクラウドレンダリングを切実に探していたこともあり、now.ggの技術力をメタバースの根幹に活用できれば、お互いにとってメリットがあるに違いないと考えて実証を提案しました。
――実証実験の手応えはいかがでしたか。
宮坂氏
国内のクラウドレンダリングサービスと比較検証しましたが、最初はサーバのコストが安すぎるので、どこかに欠陥があるのではないかと疑っていたほどです。ところが動画の描画性能、品質に関してもまったく遜色がありませんでした。クラウドですべての処理をして、クライアントはあたかも動画を視聴しているような感覚になれば、試験コスト、動作確認コストは大幅に下がります。
――今後の展望も明るそうですね。
宮坂氏
現在、グループ会社のNTTコノキューデバイス(NTTコノキューとシャープによる合弁会社)とともにグラス型デバイスの開発を進めていますが、グラス型の場合は軽量・省電力が求められるので、デバイス側の処理を可能な限り減らす必要が出てきます。コンテンツを楽しむデバイスがグラス型になった暁には、レンダリングをはじめとする複雑な処理はクラウド側が基本となるでしょう。そうした将来像も夢ではないとの手応えを感じました。具体的なビジネスモデルまではまだ話せる段階にはありませんが、本格的なパートナーシップに展開する可能性は十分にあります。
シャルマ氏
ありがとうございます。コストを抑え、効率的にユーザーにリーチできる我々のソリューションによって、ゲーム会社は斬新なゲームをより多く量産できるようになりますし、NTTコノキューのように違った角度でのビジネス展開にも貢献できると考えています。

門田氏
NDVはスタートアップが持っているアイデアや実行力と、NTTグループが持っている社会実装力やマーケットへの展開力をかけあわせて、新しいビジネスを生み出すことが目的です。now.ggはコアテクノロジーの強さはもちろんのこと、非常に太いゲーム会社へのパイプラインを持っています。その点を活かして、NTTドコモに限らず広く協業ができないかを検討していきます。