AIが発展フェーズへ突入、プレイヤーは5年後をどう見るか?

AIはこの5年ですっかり社会に浸透し、当たり前の存在になりつつある。NTTドコモ・ベンチャーズ(以下、NDV)が出資するAI関連スタートアップ3社をゲストに迎え、”AIのこれまでとこれから”について語り合った。
各プレイヤーが解決したい社会課題とは?
例えばECショップのレコメンド。例えばスマホの翻訳機能。例えば商業施設入口での画像認識。この数年で我々の生活にはAIが根付き、なくてはならない存在になった。生活と密着した場面に限らず、近年はBtoBでも躍進。さまざまなサービスにAIが埋め込まれ、業務効率化、生産性向上に寄与している。
NDVは積極的にAI関連スタートアップへの投資を進めてきた。今回、その中から3社を招き、出資担当者を交えて「AIのこの5年間の変化、そして5年先の未来」をテーマに座談会を実施。現場の視点を踏まえ、活発な意見が交わされた。参加者は以下の通り。
・MFS 取締役COO 塩澤崇氏・ストックマーク 取締役CTO 有馬幸介氏・FastLabel 代表取締役CEO 上田英介氏・NDV 森陽平氏(MFS担当)・NDV 木村裕一氏(ストックマーク担当)・NDV 加納出亜氏(FastLabel担当)

――各社ともにAI活用は共通していますが注力する領域は異なります。サービスの概要をお話いただけますか。
塩澤氏
オンライン型の住宅ローン比較サービス「モゲチェック」を提供しています。モゲはモーゲージ、不動産担保ローンが由来です。モゲチェックには、おすすめの金融機関をレコメンドしてくれる「モゲレコ」がセットになっており、ここにAIが実装されています。
もともと当社は対面コンサルティングの住宅ローンショップを展開していました。そのコンサルティングを通じて、ユーザーがどのような条件であれば、どのローン審査を通過するのかという膨大なリアルデータを蓄積してきた経緯があります。モゲレコのAIはこれらの蓄積したデータをベースにしたものです。
金融機関の審査基準はブラックボックスで、それ自体が貴重なノウハウのため門外不出です。一方で住宅ローンは、一生に一度利用される人がほとんどで金融機関の基準など知るよしもありません。こうした情報の非対称性を解消するためにモゲレコを活用いただいています。

有馬氏
当社は自然言語処理に特化したBtoBのAIスタートアップです。分析が難しいと言われてきた言語データをAIで構造化し、ビジネスに資するデータに変換する「A Series」を展開しています。
A Seriesでは、ビジネスに直結するニュースや情報を自動で収集する「Anews」、最新の事業環境を可視化して市場調査を支援する「Astrategy」の2つを月額課金のサブスクリプションで提供。高品質なレポートをAIが自動生成し、これまでは多額な予算がないと手が出せなかったリサーチを低コストで実現できます。
上田氏
FastLabelはアノテーションと呼ばれる、AIに学習させるための教師データを効率的に作成できるサービスを提供しています。ごく簡単に言えば、AIは教師データとアルゴリズムによって成り立っており、教師データの“質”が精度を大きく左右します。
しかし、どの企業、どの研究機関でも人手が足りず、なかなか質が担保できていません。そこで当社のアノテーションサービスを活用し、AIの作成に役立てていただいています。ですからMFSさんやストックマークさんは、どちらかと言えば我々のエンドユーザーに近い立ち位置です。
――AIを用いて解決したい社会課題とは何でしょうか。
塩澤氏
先ほども指摘したように、住宅ローンは生涯の中で極めてタッチポイントが少ないため、比較しないユーザーが結構います。株価であれば情報が毎日更新されて敏感になりますが、変動金利は通常半年更新ですし、それを気にするのも住宅を購入するときに限られます。
つまり、比較検討して選ぶ発想がそもそもないのです。現状は不動産業者から勧められた中から選んで住宅ローンを決める人が約6割。そのため、比較しないこと自体が機会損失につながっています。わずか0.1%の金利の違いでも数十年後には最大で百数十万円の差が出るにもかかわらずです。
ですから我々の目的は、住宅を購入したいと考えているユーザーに、最も有利な条件で住宅ローンを借りていただくことです。ベストに近づける手段としてAIがまずどの銀行の審査を通過するかを的確に判定し、その後に条件のいいローン商品を提案します。いわば、AIを活用した中立な立場でのコンサルティングサービスですね。
有馬氏
当社のクライアントの多くは、アナログな情報収集に限界を感じています。例えばドローンに関する新規事業を始める際、Googleで情報をかき集め、どのようなプレイヤーがいて、どのような市場があるのかを人力で整理して資料を作成しています。

働く時間のうち、20%は情報収集に充てられていると言われます。企業の研究部門担当者は市場のリサーチをしながら技術研究を並行せねばならず、切実に効率的な情報収集の方法を求めています。任せるべき部分はAIに任せ、本来の事業に集中してほしい。だからこそストックマークのプロダクトは、アナログな情報収集に悩むクライアントのペインを解決するものと自負しています。
上田氏
我々は自動車、製造、通信など多様な業界のAI事業を下支えしています。どの企業もAIを活用してDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進しているものの、どうしても上手く行かないケースが多い。最も大きな課題は、精度の高いデータの不足です。
例えばコンビニで万引き防止、あるいは棚割管理などにAIを活用したいとします。ところが、ある店舗でAIを導入したとしてもほかの店舗では同じAIが機能しません。なぜならカメラの位置や種類、画角や画質といった複数の要因が異なるからです。結局、店舗ごとに最適なデータを投入しないと認識精度がぐんと下がってしまうのです。
PoC(概念実証)で高精度な結果が出ても、実運用になると失敗してしまうのはこのような背景があるためです。我々は質の高いデータを提供することで、この課題を解決したい。その上で、日本の新たな産業革命を後押ししていきたいと思っています。

―― NDVはどこに魅力を感じたのでしょうか。
森氏(MFS担当)
AIの観点では、MFSならではの特殊なデータを保有している点に惹かれました。膨大なデータ量ではGAFAMなどのIT巨人に到底かないませんが、MFSは長年の間、リアルで住宅ローンのコンサルティングに関わり、しっかりと積み上げた高品質なデータを持っています。しかもそれは簡単に収集できるものではありません。アナログで蓄積したデータをデジタルに置き換える高い付加価値があるので、AIの活用方法が非常に洗練されていると感じます。
木村氏(ストックマーク担当)
初期の段階でストックマークCEOの林達氏とミーティングした際、「AIスタートアップは日本にも海外にもたくさんあるが、プロダクトまで落とし込んで展開するビジネスモデルが少ない。だからストックマークは自社製品を武器にAIで勝負していく」と話してくれました。
ストックマークは法人向け、かつ日本語に特化して独自の言語処理やフレームワークを開発しながらプロダクト化しています。さらに最先端の情報を常にキャッチアップしてアップデートを続けている。間違いなく、高度な自然言語処理は市場が拡大していきますが、テクノロジーオリエンテッドでは市場を開拓することはできません。スタートアップの思いやビジョン、やり抜く力が大事になってきます。ストックマークには、そうした強い推進力があるのが魅力です。
加納氏(FastLabel担当)
FastLabelは一言で言えば“縁の下の力持ち”。AI活用において最も負荷がかかる部分を正確に処理しながら、社会実装を実現するAIのクオリティをサポートしています。実運用に耐えるためには、適切なチューニングを施してデータの質を高めることが不可欠です。この基本を押さえていないと、自動運転にしろ、監視カメラの画像解析にしろ、OCRの自動認識にしろ、まともな結果が出てきません。人にとって普通の感覚に近づけるため、FastLabelのアノテーションは起爆剤かつ不可欠な存在になると思います。
5年後、AIは自律的な創造性を持つようになる
――5年前から現在地点までのAIの進化、変化の過程について、それぞれ率直な感想を教えてください。
森氏
AIにアクセスしやすくなったことが大きいですね。汎用化、一般化、大衆化と言い換えてもいい。クラウド上にいろんなプレイヤーがAIサービスを展開し、APIで連携しながら誰もが使えるようになりました。プログラムも民主化され、AIを簡単に作成できるノーコードサービスも生まれています。これにより、AIがビジネスに溶け込み、業務で実感できるようになったのが現在地点ではないでしょうか。

上田氏
私の感覚だと2016年頃から日本でもAIが叫ばれ始め、ある種のバブルが始まった気がします。最初はAIは万能だとはやし立てられましたが、この5年でだいぶ企業も“何ができて何ができないか”をつかんできたように思います。
できる部分は、人の高度な作業の補助です。最終的には人がチェックして整合性が取れているかどうかを判断しなくてはなりませんが、ある程度までのアウトプットはAIに任せても問題ないレベルまで来ています。
有馬氏
確かにそうですね。5年前は画像認識にしろ自然言語処理にしろ、AIが“判断”することは不可能でした。それがこの5年でAIが判断してある程度のアウトプットが出せるようになりました。当社のプロダクトでも、例えば「ペットボトルの市場規模を教えてほしい」と入力すると、自律的に情報を選んで適切な回答を提出してくれます。ただしこれは定型的なやり取りに限定されており、選んだ根拠や背景のストーリーといったウェットな部分は、まだまだ人が判断する必要があります。
塩澤氏
ビジネスで機能させるためには、データの加工も必須です。当社では、ルールベースとAIの判断を組み合わせることを現場で徹底しています。わかりやすく整ったデータを与えて、高速に処理できるAIの強みが発揮できるようにすることも大切です。
木村氏
私はホリゾンタル(水平)からバーティカル(垂直)に変わった5年間だったと考えています。“何でもできる”を売りにせず、ある領域に特化して人が納得の行く答えをきちんと出すところまで進化したと捉えています。

加納氏
数年前、AIは “魔法の箱”だと思われていました。しかしPoCを繰り返すうちに、そんなにカッコよいものではない、ゴリゴリのエンジニアリングで開発するテクノロジーであることが見えてきた。その結果、皆さんがおっしゃるようにAIに現実感が伴ってきたと言えます。
――では、5年後のAIはどのようなものと考えますか。
加納氏
かつての「インターネット対応」「モバイル対応」のように、いまはまだ「AI対応」がマーケティングの売り文句になっています。ですが5年後には、人が正確な判断を下すためにAIが社会システムに組み込まれ、逆にAIを売りにすること自体が時代遅れになると予想しています。とはいえ、最後は人がコンテキストを判断することは変わらないでしょう。その使い分けを上手くサービス化できるスタートアップがビジネスで勝っていくはずです。

塩澤氏
当社でも現状は整理された構造化データをもとにしていますが、今後は画像やテキスト、音声などの非構造化データを学習させて判断させることにチャレンジしていきたい。不動産で言えば間取り図のデータを読み込むことで、売れやすい物件、売れにくい物件を自動で判断できるようになる。このように、人の定性的な判断に徐々に近づいていくのは間違いないでしょう。
上田氏
現時点ですでに、自然言語処理の「ChatGPT」、画像生成の「Stable Diffusion」など、「ジェネレーティブAI」と呼ばれる自動生成モデルが誕生しています。ジェネレーティブAIはゲームやメタバースのキャラクター生成、映画の背景画像などに浸透しつつあります。これまではルーティンを自動化する部分でAIが活用されていましたが、5年後にはよりクリエイティブな領域でも活用されると思います。
森氏
今後はAI同士で高め合う世界がやってくるのではないかと期待しています。例えばジェネレーティブAIで自動生成した後に、別のAIが結果を学習に活用するイメージです。メタバースが本格化する中で、どのような進化・融合を遂げるのかワクワクしているところです。
木村氏
個人的にはストックマークのAnewsのコンセプトが普及してほしい。自分の代わりに情報を収集し、迅速にアウトプットが入手できるのであれば仕事に対する時間の使い方やアプローチが根本から変わってきます。バーチャルの有能な秘書がそばにいてくれる安心感は何物にも代えがたいものがありますから。
有馬氏
AIが優秀なエージェントになり、対話しながらクリエイティブな発想が生まれる――5年後にはそうした働き方がスタンダードになるかもしれませんね。AIが人の思考に気付きを与え、飛び地と飛び地の結合で新たなビジネスモデルが生まれるのが理想の姿。AIは人類を1つ上のステージに引き上げる力がある、そう信じています。
各氏からの示唆をも踏まえると、いずれも5年後には“AIが当たり前かつ自然に溶け込む状態”が訪れるのだろう。活用範囲も作業支援/判断から、よりクリエイティブな思考支援に移行することが垣間見える。今後どのようにAIが各方面で発展するか継続的に追いかけていきたい。