国内最大級のCVCが戦略リターンを追求へ、新たな聖地でさらなる進化を目指す

2024年1月、麻布台ヒルズに移転したNTTドコモ・ベンチャーズ(以下、NDV)。2月14日には、今後の活動・投資方針や2社の最新出資事例を軸とする記者説明会を開催した。ギアを上げて“攻めの姿勢”を明確にした説明会の様子、そして2社の代表による意気込みを報告する。
柔軟かつ積極的にリードポジションを取っていく
2023年11月24日に開業した麻布台ヒルズ。“東京の新名所”にフォーカスされがちだが、魅力はそれだけではない。再開発プロジェクトを主導した森ビルは、麻布台ヒルズをベンチャーキャピタル(以下、VC)、コーポレートベンチャーキャピタル(以下、CVC)の一大集積地にしようとしている。リスクマネー供給拠点を構築してスタートアップの成長を促し、日本経済活性化の起爆剤となることを目指す。将来的にはVC、CVCあわせて合計70社が集まる予定だ。
2024年1月、その1社としてNDVが麻生台ヒルズに移転した。世界中のスタートアップとNTTグループのハブとなってきた同社は今年で16年目に突入。前身を設立した2008年以降、継続的に組成してきたファンドの運用金額は累計で1050億円に達し、国内最大級のCVCとして存在感を示している。
東京と米国シリコンバレーに拠点があり、グローバルで活動を続けるのも特徴だ。全体の投資比率は国内53%、海外が47%と拮抗しており、投資地域も米国、欧州、イスラエルなどバラエティに富む。これまでの累計出資件数は194社、協業件数は100社を超えた。出資した国内スタートアップにおけるIPOの割合は27%、NTTグループへのイグジットはM&Aを含めて8社の実績がある。
2024年2月14日には、新オフィスのお披露目を兼ねて記者説明会を開催。NDV代表取締役社長の安元淳氏は、これからの活動方針について次のように語った。
「今後はより一層、戦略リターンを追求するCVCを目指します。具体的には協業におけるコミットメントに対するリソースを拡充し、プロダクト開発やビジネスプロセスでもスタートアップをしっかりとサポート。さらに出資比率を高めながら最終的にはNTTグループへのイグジットを視野に入れていきます。これらの実現に向け、案件の性質に応じて柔軟かつ積極的にリードポジションを取っていくようにしたい」(安元氏)

NDVでは「ドコモ・イノベーションファンド」と「NTTインベストメント・パートナーズファンド」の2つを運用しているが、投資領域はそれぞれ明確に分けている。ドコモ・イノベーションファンドは金融・決済、マーケティングソリューション、エンタメ、あんしん・あんぜん(セキュリティなど)、エネルギー、法人ソリューションの6つを注力領域とし、既存事業とのシナジー創出を加速させていく。これにプラスして既存事業をディスラプトする非連続なイノベーションにも先鞭的に投資していく構えだ。
NTTインベストメント・パートナーズファンドは、NTTグループが進める次世代ネットワークのIOWN構想、データドリブン、環境・エネルギーなど、事業シナジーと研究開発強化に力点を置く。安元氏は「スペース(宇宙)テック、クライメイト(気候)テック、核融合などのディープテックも含めて探索します。NTTはR&Dがアセットとしてあるので、それらのケイパビリティをスタートアップに供給しながら、グローバル展開を見据えた事業を一緒に作っていければ」と話す。
こうした姿勢は、最近の意欲的な出資に現れている。2023年10月にはリテールテックを展開するフェズとの協業を発表。ID-POSデータとNTTドコモのアセットをかけあわせた「ドコモリテールDXプログラム」によって小売店やメーカーなどのマーケティングDX支援を開始した。2024年1月に出資したSakana AIとは、NTTが進める「AIコンステレーション研究」との連携をサポート。大規模言語モデルに対抗する省電力・小型AIモデルの共同研究にあたって、NDVを通じてNTTグループが日本における筆頭株主となった。いずれもNDVが資本面・戦略面で参画する形だ。
ビジネス向け画像生成AIと国産の新世代SNSを後押し
記者説明会では、2社の最新出資事例を紹介した。1社目のAI modelは独自の画像生成AI技術を駆使して、企業専属のオリジナルAIモデルを生成。ブランディングやプロモーションを最適化するサービスを提供している。2社目のパラレルはゲーム、音楽、動画などさまざまなコンテンツを仲間と一緒に楽しめる「オンラインのたまり場」を提供。2023年12月時点で400万人を超える累計登録者数を持つ人気SNSである。
各企業を詳しく見ていこう。2020年8月に創業したAI modelは、「人の創造性をテクノロジーとクリエイティブで拡張し、ビジネスの課題を解決する」をミッションとする。同社CEOの谷口大季氏は約17年にわたって広告制作会社で主にアパレル企業のクリエイティブ制作支援やECサイト構築・運営・プロモーションに携わってきた。その中で構造的な課題に直面したことから現在のビジネスモデルにたどり着いた。

「モデル撮影のクオリティは、売上やブランディングなどさまざまな部分に影響を与えますが、そこには特有の課題があります。デジタルシフトが進んで撮影の負荷が高まっているのをはじめ、使用制限や媒体制限などで利用範囲を限らなければ、モデルがほかの仕事を受けたくても受けれない案件もあるなど、契約に縛られることが一般化しています。一方の制作会社は労働集約型で作業工程が多く、1日に撮影できる量も限界があります。これらの課題をテクノロジーの力を活用して解決し、業界全体の発展につながるようなソリューションを開発したいと考えました」(谷口氏)
サービス内容は大きく3つ。1つ目がオリジナルAIモデルの生成、2つ目が生成したモデルをテレビCMやカタログ、ECサイトなどに展開するAIモデル導入支援、3つ目が導入先のチャネルでコンバージョン率を向上させる施策や効率化を行なうAIモデルの活用支援だ。これらを一気通貫で提供できるのがAI modelの強みとなっている。

オリジナルAIモデルは、各企業の運用状況や展開チャネルに応じてゼロから生成していく。「我々が開発した特殊なマネキンやトルソーに洋服を着用させてコーディネートし、AIモデルに展開。そこからポージングをつけていろんなモデルに生成します」と谷口氏。トップスだけ、ボトムスだけを着せ替えるのも自由自在。もちろん使用制限や媒体制限はないため、広告、カタログ、ルックブック、CMなどあらゆるチャネルに露出できる。
すでに実績も豊富だ。先ごろ話題になった伊藤園のCMに採用されたAIタレントもAI modelの作品である。そのほか三越伊勢丹、ライトオン、三井不動産レジデンシャル、東京ガールズコレクションなどにも採用済みで、徐々に世の中に浸透しつつある。

これだけを聞くともはやリアルモデルはお払い箱なのではないかと思うかもしれないが、同社では共存共栄のプランを用意している。
「モデル事務所や芸能プロダクションと提携して、AIモデルを活用して仕事の幅を広げる取り組みを進めています。例えば欧米人のリアルモデルをベースにしてさまざまな人種のモデルを生成すれば、アジア人の広告の仕事が取れる可能性も出てきます。また、20代のリアルモデルを、40代や50代など異なる年齢層に生成することで、実年齢以外の案件を引き受けられるようになる。こうした施策で、広告効果を最大限に高めていくのが狙いです」(谷口氏)
出資事例2社目となるパラレルは2017年7月に創業。当初からグローバルで定着したFacebookのようなグローバルで勝負できるSNSを作りたいと考えていたという。同名アプリの「パラレル」は2019年にリリースされた国産のSNSで、ストレスを感じさせないシームレスな会話のコミュニケーションが特徴。音質の良さにも定評があり、数多くのユーザーを惹きつけている。さらに海外比率が25%、Z世代比率が70%と独特なキャラクターを持つ。同社 共同代表取締役の青木穣氏はそのコンセプトをこう語る。

「アプリを開くと仲の良い友だちが遊んでいて、そこに合流して一緒に通話やチャット、ゲームや動画を楽しめるたまり場です。30種類ほどのオリジナルコンテンツ群を用意しており、友だちの家で遊んでいたらほかの友だちが集まってきて輪が広がっていくようなイメージ。そうした空間をオンライン上で再現しています」(青木氏)
同社のビジョンは「好きな人たちの時間を最大化する」というものだ。「現在主流のSNSのように知らない人のコンテンツを見て楽しむのではなく、親密な人たちと真のコミュニケーションを楽しむソーシャルスペースを作っていきたい。オンライン化が加速していることを踏まえると、遊びの空間もオンライン化が進むと見ています」と青木氏。一旦パラレルで集まれば、友だちの家に集まってからボーリングやカラオケに遊びに行くように、パラレルの外にあるアプリケーションにみんなで遊びにいくような体験を生み出せると自信をのぞかせる。

2社とNDV、NTTグループとの相乗効果とは
AI modelは、NDVとして国内で初めてのリード出資案件となった。「NTTドコモの顧客基盤、あるいはNTTドコモグループが展開するdファッションや広告サービスと連携させ、幅広い事業機会をユーザー向けに提供していきたい」と安元氏は話す。本協業は、注力領域に掲げるマーケティングソリューション強化の一環となる。

谷口氏は「NTTドコモではアセットやデータを活用しながら、新しいビジネスを創出するBtoBtoXを指向しています。その思いと当社の事業モデルが上手くリンクしました。ともに創造性の幅を広げ、さまざまな業界の発展に貢献していきたいと考えています」と展望を語った。
パラレルの投資目的はエンタメ領域の増強だ。ドコモ・イノベーションファンドにおいて過去最大の出資額となったことからも、有望視していることが見て取れる。安元氏は「Z世代とのパイプが太いのもパラレルの特徴の1つ。出資を契機に、通信会社の新しい形のコミュニケーションを生み出していくのが理想」と力を込める。

青木氏は「我々の最大の強みは集まりやすさ。アクティブユーザーの数では国内最大級のSNSだという自負がありますが、一方で何ものにも染まっていない真っ白なキャンバスでもある。ソーシャルスペースを提供する上で最も重要なのはエンタメコンテンツ。だからこそNTTドコモのエンタメコンテンツを連携させてゲーム、動画、アニメ、漫画、スポーツなど幅広い拡充を図っていきたい」と期待を述べた。
今後スタートアップの聖地となるであろう麻生台ヒルズという格好の舞台へと移り、明らかにギアを上げたNDV。今回の出資を含め、“攻めの活動方針”がどんな成果を生むのか。新たなフェーズに突入したNDVの未来に注目したい。